絵を描くこと─思い出編その②


どうも、あをいです。

その後けっきょく多忙故物吉くんも不動くんもろくに堀りに行けず、ぽけっとリリース直前で子狐をつくりだしてしまって微妙な気分です。

間が開いてしまって全体の構成を忘れてしまいました。
とりあえず「絵を描くこと」についてのつづきを書きます。


さて。
絵を描くことでそれなりに自我を持ったあをい少女は、そのまますくすくと成長して中学生になりました。
それまでそれなりに絵が上手いつもりではありましたが、中学に上がってそれはもうびっくりするほど上手い子と知り合うことになります。当時の親友Kです。

どれくらい上手いかというと、当時彼女が描いた絵は片っ端から盗難にあう程度に上手かったです。
今では中学生でも驚くほど上手い子がpixivなんかにちらほらいたりするのも知ってはおりますが、当時はインターネット黎明期で、学生が気軽に触れられるものではありませんでした。当然デジタル絵なんてものもありません。
ネット環境のない狭い世界に生きる中学生の世界で、彼女は線画、水彩、コピックで凄いイラストを量産していました。
描いている量としてはわたしも似た量を描いていたと思います。描いた量に比例して上手くなる、と当時から考えていたわたしは「才能」というやつと初めて出会ったと感じました。


と、同時にKには別の面で衝撃を受けました。
描く作品がかなりの頻度で盗難にあうので、Kはすっかりひとに絵を見せるのを嫌がるようになっていたのです。


わたしだったらこんな上手かったら見せびらかさずにはいられんだろうな、と思ったものですが、苦労して描いた原画が断りもなく持っていかれたら人間不信になるのも無理からぬことです。

Kは自分ルールとして「誰かに絵を見せてもらってから自分の絵も見せる」ということを徹底していました。絵を描く人間同士であれば、勝手に絵を持っていかれることがどれだけ辛いかわかるだろう、と思ったのかもしれません。Kとは同じクラスになったことが一度しかないのですが、絵を見せ合いっこする、という工程でとても仲良くなったのです。

ちょっとだけ嫉妬の気持ちがあったような気もしますし、今のわたしなら「それどうやって描いたの?!」と素直に訊けそうなことを、当時は一度も訊いたことがなかったように思うので、それなりに思うところはあったのでしょう。
でも、彼女の職人気質、いい絵を描こう、納得できる作品をつくろうという姿勢は、やっぱり今思い返しても尊敬しかありません。
そういうわけで、わたしはKが好きでした。
Kの絵も、単純に好きでした。
もしかすると、こういう絵が描きたいと身近な作品で思ったのはKの作品がはじめてかもしれません。


Kとの交流はわたしが大学に上がるまで続きます。
ちなみに高校卒業時に二人で卒業作品集をつくったのですが(フルカラーコピー40Pくらいの本だったかな?)、図書室に寄贈後、我々の卒業を待たずにわずか一週間で盗難されています。



つづく

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