あをい、二次創作アンソロジーについて考える

どうも、あをいです。おひさしぶりです。

ちょっと原稿の気晴らしに(…)こちらにやってきました。
もうそろそろ、ちょっと整理してもいいかな、という話題です。

さて。このブログなどを見てくださるのは、おそらく
すごい身内のひとか、すごく昔からあをいを知ってくださっている方で
今更しぶなどもチェックしていない勢が大勢いるかと思います。

今回の記事を書こうと思った理由です。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=51694840

そう、わたくし、ツイッターなどで時々回ってくる
「トンデモ主催」にぶち当たってしまったのです。


ざくっとあらましを書くと、

①原稿の執筆依頼が来る。
②とてもプライベートな理由で、主催と交流を断つ。
その時に「原稿はどうするか」という問いに「公募もしているから、送ってくるならどんな人の原稿でも掲載する」という回答をもらう。
③一度引き受けたことなので、最後までやると返答。「自分の原稿があるのでかなり早めに上げる。原稿の規定をくれ」という質問に対して、ワードデータが送られてきた。こちらは環境が違うので開けないという問い合わせを、無視。
④いつまでも寄稿規定が送られてこないので、こちらでデータをつくって提出。
⑤原稿送付メールを無視される。
⑥HPのフォームから連絡。ようやく「原稿データを受け取った」旨のメールだけ来る。データの不備や内容に問題がないかのチェック結果は一切記載なし。「コメントを求めるから用意しておくように」とだけある。
⑦いつまでもコメント概要の連絡がこない。
⑧そろそろ入稿時期じゃないかとHPを見ると、コメント概要が掲載されている。あらかじめ聞いていた内容とも違う。今から準備するのは無理。
⑨その旨を主催に連絡。R18内容なので、内容チェックについての連絡なしを不安に思い「もし内容が印刷所の規定にひっかかり、印刷できないようなことがあれば掲載から外しても構わない」ということも記載する。
⑩連絡なし。ある日HPの執筆者一覧から名前だけ外されていた。
⑪こちらが辞退したわけでもなく、締め切りに間に合わなかったわけでもない。あくまで主催と印刷所の判断であることをHPに記載してほしいという要望を、ツイッターの告知アカウントに送る。
⑫連絡なし。対応なし。そのため、自分で上記のように原稿内容を公開。



さくっと書こうと思ったのに長いな!
でもまあ、こういう感じです。過不足ないですし、事実100%です。
つまりまあ、わたくしは「原稿を掲載しなくてもいいよ」と自分から言っているわけで
それについては怒ってはいないわけです。その判断が果たして妥当かどうかは置いておくとして。

執筆者への連絡をまる無視する部分に怒ってます。
いや、それがなければそもそも「掲載しなくていいよ」なんてメールも送らないと思いますし。時間かけて書いたものなんでね。こう見えてとてもとても、今回のことについては怒ってますよ!


でもまあ、それについても今はいいです。置いておきましょう。
本題です。二次創作アンソロジーについて考えます。


/*/

二次創作アンソロジーについての考えは、自分でアンソロジーをつくったときに少し触れました。
この記事ですね。
それで、この主催による企画はおそらく自己満足しか満たしていないものになったなと思います。
気に入らない執筆者を無視して、なにごともないと思ったのでしょうか。
ただ泣き寝入りしてくれるんじゃないかと期待してたんでしょうか。そんなわけがありますか。
大体の揉め事というのは両成敗でいいと思っていますが、上記のように、こちらは依頼を受けてからなにひとつやましい行いをしていません。自分が悪くないぞという主張は虚しいだけと理解していますが、自分の作品のために言います。自分は精一杯やりました。

執筆者の方は、だれでもそうだと思います。
アンソロジーに寄稿しようと思う人は、そのほとんどが精一杯原稿を書いている。
それを励ましたり、サポートしたり、たくさんのひとに楽しんでもらうために企画人=編集がいるわけです。
ただ、スケジュールを管理して原稿を集めて印刷所に入稿するだけが編集ではありません。
できない我慢や、これはちょっとどうだろうと思うことも飲み込んで、上手く人間関係を調整するのが最も編集で苦労する部分です。
でも、それが「だれかの大事な原稿を預かる責任」です。

趣味だから、適当でいいでしょう。重く考え過ぎ。

そう思うひともいるでしょうし、おそらく、件の主催もこういう考えなんでしょう。
でも本当は、趣味だから、重く考えてほしい。
しごとであれば、正直な話企画内容に合わないから原稿をボツにされることもあります。ひと言あれば丁寧な方で、依頼料だけ振り込まれて見本紙に自分の記事がない、ということも、多くはないですけれどもすごく珍しいことでもない。やっぱりライターは悔しい気持ちですが、切り替えて次の依頼を受けます。しごとですし、金銭的な報酬をもらっているからです。

趣味の範囲で行う二次創作アンソロジーの執筆者は、多くのひとがお金では動きません。
儲けることを目的とした活動ではないし、スケジュールや企画内容、果ては主催と馬が合うかで執筆を決めるので、お金をいくら積んでも書いてくれないことさえあります。
そういう相手が、自分の企画のために時間を割いて原稿をつくってくれたことを、意識してほしい。

そして、その報酬のないひとたちへの報酬というのは「主催の感想」だったり「出来上がった本」だったり、発行された本を読んだ方からの感想だったり、ということになります。

つまり企画人は、執筆者にそういった「報酬」をお送りするべく動くわけです。
ほとんどの企画人、まあ二次創作だと主催ですね。主催はそういう気持ちでいるでしょう。
そういう気持ちを信じて、執筆者も頑張ろうと思えるんです。


自分が被害を受けて、改めて二次創作アンソロジーってものがどう動いていくものなのか、考えました。
この部分を理解している主催なら、きっと信用できるんだろうなと思います。問題は、この部分を理解しているかどうかを、どこで見極めるかという点でしょう。

わたし自身、寄稿するときは主催さんのことはものすごく調べます。過去に他者とトラブルがないか、編集人として問題がないか(わたしの場合は印刷知識の有無を気にします)、社会人として良識から外れることを行っていないか(わたしの場合、ご自身で収入のない方のアンソロジーについては参加しません。お金のかかることなので、不信なお金で活動されてないか気にします)、それはもうできるだけ調べます。
自分の作品を預けるのですから、それくらいはします。
でなきゃ個人誌で書けばいいので。

でも、今回回避できなかった。
いや、もうアンソロジーと全く関係ない超プライベートな点でとんでもなく不愉快なことがあったので、それで気がつけよとは思います(ちなみに、これも自分が一方的に不愉快になることを言われたからで、自身で誘発した問題ではありません)。
すいませんそれについてはバカだったとしか思えないしそうだろうと思います。「一度引き受けたことは最後までやりとおす」なんて身上も、こういう人がいることを考えたら見なおさないといけませんね…。

つまり、まあもう仕方のないことですが「このひとの発言や行動はおかしいし怪しいぞ」と感じたら、関わるのをやめたほうがいい、ということですね。

今回自分が被害を受けた企画について、主催は「なにかあれば責任をとります!」と仕切りに言っていました。でも、「責任のとり方」については語ってなかったんですね。つまり、言ってただけ。そういう発言も、やっぱり拾っておくべきだった。口先だけの「責任」なんて、行動を見ればすぐにわかるはずなので。

本来「責任を感じる」主催であれば、わたしが上記のような投稿をした時点で「企画を守る」ための行動にでなければなりません。
自分でやっといてなんですが、つまりわたしにケンカを売らねばなりません。もしくは、口先だけでも公式に謝罪をするか、どちらかしかありません。
「そんな事実はありません」とつっぱねるか「こういう事情でした。すみません」と文章で公開するか。
でなければ、他の執筆者が不安に思うからです。読者も不信に思います。主催と交流のない公募執筆者ならなおさらです。そのひとたちが、最後までこの企画を応援しようと思うには、そういったパフォーマンスが必要でした。
けれど、この主催はなにもしません。他の方たちに対しても、わたしほどではないでしょうが微妙な対応をされていることはなんとなく想像がつきます。


本来、アンソロジーはジャンルやカップリングを盛り上げるためにあるのだと、わたしは今も考えています。けれど、そうは考えない主催もいるんだということも、今回わかりました。
自分さえ楽しければいい。
そのために他のひとがどんな思いで原稿を書いたかなんてどうでもいい、というひとです。
個人で活動していく方については、それでいいと思います。けれど、他の方を巻き込まないでほしい。
今回の企画についてはわたしの知り合いもたくさん執筆されていますが、小さなお子様を抱えて、寝る時間削ってなんとか締め切りに間に合わせたという方もいました。
そういう方の思いを切り捨てることこそが、自分への対応以上に腹立たしいです。
皆さんが頑張った原稿を集めた企画を、どうして大事にできないのか。
皆さんは、主催のためだけに書いたわけではないはずなのに。その「企画に対する責任のなさ」が一番腹が立ちます。
それと同時に、自分は絶対にこんなことはしない(当たり前のことですが)と強く思いました。


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もうちょっと冷静になってアンソロジーについての考察だけを書こうと思ってましたが、ものすごく主催に対する恨み事が入ってしまって、自分の未熟さを痛感する記事になってしまった…。

ここまで心情綴ってしまったので、一応今の心境も書いておきますね。

主催については正直原稿タダ持ちされて逃げられていてレイプ受けたも同然なので、怒っていますし、できるならこの主催のことも企画についてもなにも目にしたくありません。
さっき上に「ケンカ売るか謝るかしかない」と書きましたが、謝ってほしくもありません。謝られても許す気持ちは欠片もありませんので。

と、まあそういう気持ちですので、今回掲載されずに自分で発表できたのは本当によかったな、と思ってます。時間をかけて書いたものですから、そういう責任が取れない方に預けたままにしなくて本当によかったなと。

外野になってもまだ周囲の協力した方が気の毒で仕方がありませんが、それはもう、自分の気持ちの問題ですし、わたし自身はこの結果に落ち着けたのは納得しています。


しばらく自分が主催する企画しか動かさないと思いますが、自分がこういうことがあったので、より一層、関わってくださる方が楽しい気持ちになれるような本づくりをしようと思います。
もし機会が合う方は、協力してくださるとうれしいです。

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8/26追記

一部表現を修正しました。「加害」という言葉を削除しています。
この記事を書いた時、「被害」に対して「加害」という意味合いで使いましたが
そもそも、この主催が「害を加える」気があったかどうか、わたしとしては知る由もありません。
被害を受けた最もたる要因は「なにもしないこと」でした。
事実確認ができないものを感情にまかせて書いたという点で、削除しました。

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