月と私とあなたの話。

「『月のようだ』と言われたことがあるかしら?」

 目の前で花を生けている少女は、きょとんとした目で私を見た。
「そんな恥ずかしいことを言う人、神代の周りにはいなかったわ。」
 やっぱり海外はそういうことストレートに言えちゃう環境なのねー。
 そう言う彼女と私の今の会話はドイツ語だ。彼女は母がドイツ人、父がアメリカ人という国際的な血筋の人間だ。最も、彼女は日本国籍なのだが。
 私自身は生粋のイギリス人だ。ただ、この地球上にある全ての言語が操れるというだけ。それが、私の一族の特色だった。人の中に生き、人の歴史を見守り続けるだけの使命を負った、ただの人とは違う人。その一族の中でも、私と大叔母は特殊だった。
 私は唯一、世界の様子を眺めることの出来る窓に目をやり、そこから月を眺めた。月は、まん丸だった。
「・・・まだ私がちょっと賢い子どもだった頃。友達の女の子にね、『満月のようだ』って言われたわ」
「・・・そう言われて、悲しかったの?」
 今度は私が驚いた。ミヨを見ると、手元にあった花は花瓶に生けられ、小さな木作りの机に飾られていた。特に真剣に私の話を聞いているでもなかったはずなのに、彼女は私の、何を見てそう感じたのだろう。私の心を、見透かしたよう――
「ええ。・・・悲しかったわ。」
 私は、素直に白状した。彼女に嘘を吐いても何の得もない。
「月が満ちるとき、その輝きで星は見えなくなる。夜の闇に、月はひとりぽっちで輝くの。月がなくなれば、星々はたくさん煌めいて月が出るのと同じくらい夜が明るくなる。なら――月って、とても孤独じゃない。独りで全員分の働きが出来るから、独りでいなきゃならない。自分が輝けば輝くほど、ひとりぽっち。月って一体何なのかしら。」
「それって、『自分って一体何なのかしら』って遠まわしに神代に聞いてるの?」
 私は苦笑した。わからないから。どうしてそんなことを思い出したのか。誰に聞いてもわかることのない問いだと、私は知っているはずなのに。
 きっと、今日この部屋から見える月が、あまりに見事に輝いているからかもしれない。
「神代にそんなこと聞かれても、わからないよ。神代はそんな、人の人生に意味があるのか、とか、そんなことに答えられるほど偉くなんかないし。・・・きっと、誰にも答えられないよ。」
 困ったように、水色の長い髪をなびかせてミヨは私の隣へ来た。ミヨの水色の瞳が、月に照らされて銀色に輝いている。
 彼女は知っているはずだ。自分の色素が、通常人に宿るはずのないものだと言うことを。青の色素は、純然たる生物には宿らない。彼女の水色の色素は、彼女が神の世界と人の世界を跨いでいることを示している。彼女は、そういう家系に生まれた。世界中を探しても、彼女以上に私の境遇と似ている人物はいないだろう。
 彼女は、人でありながら、人を超えたもの。現人神。人が人を護るために、神が与えた守り神。その、最後の血筋。そして、彼女自身は現人神ではない。
 神が人の世界に降りて、人と共に暮らす世界は終わった。人と神が別れた、神々の世界が終わった世界。そして、人類は若きものだけとなり、人だけの力で世界を立て直していく。これからは神は力を貸さない。人だけの世界を、人が作る。
 神は今まで情けをかけてきた人類に、最後の贈り物をした。それが、彼女だ。現人神の家系に、神になる素養を全て捨てさせ、代わりに世の全ての知識を得ることのできる子どもを用意した。人として暮らし、人として終わる人生。その中で、ほんの少しだけ違うものを持つ、ただの子どもを用意した。
「私は、月だったのかしら。」
 私自身は、ただの賢い子どもだった。少なくとも、彼女のように天から与えられたものは何一つなかった。ただ、世界のことをいつの間にか知ってしまっていただけだった。知ってしまっただけで、私の周りの星は輝きを失い、闇になり、そこを照らすものは私しかいなくなってしまった。
 私は、孤独な月だったのだろうか。
「月だったらいいわよねぇ。」
 ミヨはそんな私の深刻な考えを吹き飛ばすのん気な声で言った。
「・・・今までの文脈でなんで「いいわよねぇ」になるかわからないんだけれど。」
 呆れ気味の私に、ミヨは一撃で人を幸せにする笑顔を私に向けた。
「だって、月が輝くには太陽がいるでしょ?だったら、リオの知らないところでリオを光らせるために太陽みたいな人がいたってことよ。」
 私がきょとんとした目をしたのを見て、ミヨは月を見上げた。
「月だったらいいわねぇ。誰なのかなぁ、リオの太陽は。」
 あなたかもしれないわね。
 私は一瞬そう思ったけれど、何も言わずにただ、ミヨと一緒に月を見上げた。

月と私とあなたの話。-closed-

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