ジェンダー論です。

さて、わたくしの専門はジェンダーから見る臨床心理、ということになるだろうか。「女が女らしくって、そんなに大事?」「男が男らしくすることの必然性は?」ということだ。こう文章にしたり、急に知り合いに言われてもぴんとはこないか、反発するかのどちらかである。実際、こういう勉強をしていない人にフェミニズムを説くと、とても気分を害される。それは、今までされてきた教育を全て疑うということだし、今まで作ってきた女性としての(男性としての)自分を疑うということだからだ。だから、フェミニズムは浸透しにくいし、女性にも男性にも攻撃を受ける。

「今時、そういうのないんじゃない?」と思われる方も多い。無論、昔よりは確実に減った。しかし、根っこが改善されているわけではないので、一般の方が思うより、男女差別は消えていない。小学校を見たって、女の子はスカートに赤いランドセル背負ってキティちゃんのハンカチを持たされる。男の子は短パンに黒のランドセル、ハンカチは持たないか、仮面ライダーのハンカチかもしれない。持ち物ひとつ取ったって、小学生の頃から男女差は歴然である。女の子がキティちゃんを選ぶのは自然の摂理だろうか。そんなわけはない。「女の子は女の子らしいものを選ぶべきだ」という、周囲や環境、文化からの無言の圧力を受けて、女の子は「自然」にキティちゃんを選ぶのである。

さて、本筋に入ろう。
わたくしはこういう研究をしているので、ゼミになるとこういうことを主張しないわけにはいかない。(それが勉強だから。)なので、ほとんど半年かけてメカニズムをわたくしの理解している範囲で発表してきている。ゼミにはもちろん男性もいるのだが、わたくしの発表に戦々恐々としながらも、女性と男性の差異について理解してきている、と思っていた。これで少しでも女性に理解のある男性が成長すれば、わたくしの研究はそれだけで価値があろうというものだ。

だがしかし。

結局、すべては伝わるはずもなく。本日発表したあとの熟年離婚話から、家族愛の話にまで発展した。そこまではいい。とある男子生徒が言った。「離婚する夫婦は、互いに病気だよな。」まぁ、かなり大げさな言い方だが、場合によってはそうも言えるかもしれないと思って聞いていたのだが、彼はこうつづけたのである。「離婚はどっちも(男女両方とも)悪いやろ。子どものことを考えとらん。それに、あをいちゃんは女が損やっていうけど、男やって損やで。それはわかるやろ。だから、結婚制度に問題があるとしても、それに異議申し立てせんかった女は罪やんか。同情の余地ないで。」

これを読まれて、全くだと思った方もおられるかもしれない。彼は自分のことを「家で家事をしている主夫になりたい」というような男であり、女性に対して理解があると(少なくとも自分では)思っている男性である。わたくしが半年間発表してきたものを、熱心に聞いてくれた友人の一人でもある。

それでもこの発言である。結婚制度の悪についてはここでは語らない。が、男が損をしていることもわかるが、女性は目に見える形で、はっきりと損をしていることに対して、男性は自覚的でない。男性は確かに、女性とは別の部分で損をしている。「泣いたりできない。」とか「重いものは持つべきだ」とかである。しかし、女性ははっきりと法的に損をしているし、目に見えて損なのである。就職率、職種、就職の際の面接内容、賃金、結婚後の子育て、家事労働。これらが全て、女性というだけで背負わされるのである。家事労働を男性ときっぱり半分にしている家庭は稀だろうし、男性は少しだけ手伝うという形が多い。女性のほうが圧倒的に家事労働を引き受け、なおかつ生活のために働き、子育てをする。そして、給料は男のほうが高い。しかも、男は自由な時間が女性よりある。これが、同等の損だろうか。少なくとも、経済的な面と時間的な面は男性は優遇されている。余暇を自由に使えることが、どれほど重要だろうか。想像していただきたい。

さらに、異議申し立てできるだろうか。結婚に対しての異議申し立て。それこそ昔、ウーマンリブはやってきたし、いまでもフェミニズムとして残っている。残っているにもかかわらず、結婚制度は変わっただろうか。変わらない。それは、未だに世の中は男性社会で、男性が妻という家事をしてくれる人を手放すはずがないからである。よくいうだろう、忙しいとき家の掃除ができないとき、家に帰って疲れていて食事の用意をしなければならないとき、女性でさえ「嫁がいればなぁ」と思う。女性でさえ思うのだから、男性がそう思わないはずがない。

「結婚は男女でするもの。だから失敗したら両方悪い」という論理は、男性特有のものだ。(まぁ、一概に間違っているとも言えないが。)女性は結婚を、男性が想像するような純粋なものとして受け取っていない。恋愛と結婚は別、というアレである。実際、女性の友人はこういう反応は絶対にしない。

結局、どれほどわたくしが言葉を尽くしても、彼らは「わかったつもり」になっただけであり、その分自覚がなく性質が悪い。男性も確かに損だ。けれどそれは、女性の損と比べていい質のものではないのである。彼らは精神的に損をしているが、女は経済的・社会的に損をしている。湯葉とさくらんぼ、どっちがおいしい?と比べているものである。料理と果物、種類の違うものを比べてどっちがおいしい、なんて、比べられる性質のものではない。(個人の意見なら言えるだろうが。)

男と女というのは、永遠に分かり合えない生き物なのかもしれないなぁ、と思うあをいでした。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

流離居人
2005年10月21日 02:57
初めまして。社会に出て行こうする女性にとっては、障壁が多いことは分かりますが、多数の女性が、母として女として生きて生きたいと思う。また、三食昼寝つきがいいと思う。と考えているのではないでしょうか?その方々をも非難するのかな?人それぞれの生き方があります。大事なのはこうあるべきという固まった考え方ではなく、前に進もうとする人の障壁を取り除くことで、色んな生き方のメニューを自由に選択できることだと思います。
2005年10月21日 08:44
 この一番最後の言葉は印象に残りますね。というのも妻に言われたことがあるからです。妻のことは理解している’つもり’でいましたから、ちょっとショックはありました。でも、男はプライド、女は共感、をキーワードに努力していきたいです。

この記事へのトラックバック

  • 玲奈

    Excerpt: ブログ読ませてもらいました^^足跡残しときます^^ Weblog: ☆玲奈ちんのお馬鹿日記w☆ racked: 2005-10-21 16:15